M.H.さま
「バッチフラワーレメディを使用した手作り石鹸」とは、初めて聞きました。
その石鹸からどういう縁で当店をお知りいただいたのか定かではありませんが、レスキュークリームや、レメディ飲ませることが難しい場合に、皮膚につけて使用する場合がありますから、そのような使い方もあるのかもしれません。ただ本人が意識して承知の上で飲めるのであれば、直接飲んだほうが効き目は当然高いはずです。ともあれ、「心が穏やか」になるのを感じられたとしたら、それは貴重な体験だったことに間違いはないでしょう。
電車での携帯電話や化粧は、まさに今の世相を表しており、私自身もいらつく思いをさせられることがありますので、ちょっと変かもしれませんが、同病相憐れむとでもいいましょうか。ただ、いまわざと「世相」ということばを使いました。次は、最近読んだ社会学に身を置く方が、「自殺防止」の対策を論じた、ちょっと長くなりますが、その本の最後の文の引用です。
「実際に社会や人間と関わり合うことって、大切ですよ。...なにも、夜回り先生みたいな体をはった活動をやれとはいいませんし、自殺防止のボランティア活動に参加しろと無理強いもしません。博愛主義みたいなきれいごとも要りません。誰だって嫌いな人間、虫の好かない人間はいます。私だって、理屈ばかりこねる学者なんぞと飲みに行くのは、絶対お断りします。
ただ赤の他人や個人とじかに関わりあおうとする気持ちを持ち続けるだけでいいんです。織田作之助は戦後まもないころ、世相なんて言葉は、人間が人間を忘れるために作った便利な言葉にすぎない、と書きました。人間を忘れて世相や世間や社会を論じることの虚(むな)しさ、滑稽さったら、ないです。
近所のガキも、たまたま同じ電車に乗り合わせた化粧女も、いけすかないヘリクツ学者も、自分と同じ社会に暮らす生身の人間だという意識。そういう気持ちをもてない人、人間を信じられない人には、川の流れを変えるような、マクロ的な社会政策をエラそうに主張する資格はないと思いますね。」(パオロ・マッツァリーノ著 「つっこみ力」 ちくま新書 筑摩書房)
小市民たる我々は、理屈ばかりこねる学者じゃないんだから、マクロ的な社会政策をエラそうに主張するなんてことはないんだけれど、この思い、こういう暖かい目で人を見ようとする姿勢は、参考になるんじゃないでしょうか?
穏やかな心、心の平安からほど遠い、わがまま、自己主張、思うにまかせないイライラの中。人は皆そんなところにいて、ヒーヒー、ハーハーしているんじゃないでしょうか?
本日8日、仕事で、1日時間が取れません。あらためて続きをメールさせていただきたく、よろしくお願いいたします。
2007年10月6日 ごく楽一番 穀楽